《孤独の先の花 9話 その風のにて 》
『じゃあ!今から私の家に行こうか?』
川内が提案し、皆で腰を上げた時
『山風!やっと見つけた~!後、川内も勝負をつける時がきた!』
挑戦状ともいえるような挨拶
皆が一斉に声のする方をみるとそこには腰に堂々たる姿を見せんばかりの神風が何故か?どや顔風に立っていた。山風は勿論の事、その場にいた天津風も首を傾げ何故か、無意識のうちにスマホに手が伸びていた。そう110番にかけるために
『さぁ、川内私の招待状…峰内…興信所?』
『挑戦状か?』
『そう!それ!入学してから早…2年と多分1か月!長き決着に要約勝利を決める時が来たわよ!』
神風の言う勝負とはそれはそれは…どうでもよい川内は遊び、暇つぶし程度にしか思っていない勝負。
時にはベイゴマ勝負をするも10勝全敗
時にはイラスト勝負で画伯レベルの絵を描いた川内の勝利
時にはプールで挑むも敗北
そのきっかけは1年の頃の中間テストまで遡る。その頃は神風含め半分近くが点数にこだわっていた。中学の頃から毎年学年1位を取っている神風にとってそれは衝撃的な内容だった。
「学年2位 5教科合計496点」
「学年1位 5教科合計500点」
つまりは満点。神風は呆然とし、相手の点数をじっと見つめていた。何かを成すには努力が必要。神風はテスト1か月前に学校に遅くまで残り、部活と両立していた。が、満点を取った本人に目をやると
『はぁ…明るいのは苦手だな。家に帰って1人になりたいな…』
皆が点数を気にしている中でたった一人だけ、大きなあくびをして外を眺めていた。それが川内だった。
その次の日から勝負を挑むようになった。普通ならば変人として無視するところだが、川内は何もない灰色の世界に刺激を求めていた。
それが後悔か?悔やみか?それとも…嘲笑うためのものか?神風の申し出を受け入れた。そこから今日まで、夏休み冬休み構わずに挑み続けた。結果は全敗に終わっている。
『で、今日は何の勝負なんだ?なるべく早く終わらしてよ?この後に皆で私の家に行くんだからさ』
『ふんっ…今日は今まで妹達で鍛えた肉弾___ぐはっ!』
今迄の勝負の中には勿論、体を動かすものもあった。プール以外にも持久走、ボール投げ、サッカー、野球全てに挑み、これまた惨敗。
そして今回は肉弾戦を挑もうとした。普段、何か家で問題を起こすたびに朝風にビンタやコショコショ、ぐりぐりなどを喰らい続け鍛えられたと勘違いした上でも判断。
が、それも目にも止まらぬスピードで動いた川内の首チョップに膝をつかされた。これでまた神風の歴史に敗北の文字が刻まれる事になった。
『痛い…もう!朝風ちゃんより痛いよ!このお___』
『あ゛?』
『すみません。なんでもないです。』
足がすくむほどの鋭い眼光にプライドを捨てて神風は土下座した。
『それで私はともかく…どうして山風も呼ぶんだ?こいつとお前の勝負に何も関係ないだろう?』
『私の考えている劇にはどうしても山風ちゃんの様にうまく感情を隠してる子が必要なの!それに山風ちゃんって演劇上手なのよ!前途多難師の異名をもつ私が言うんだから間違いなし!』
『逆に心配だな…。でもそうだな…お前の言う通りに山風が本当に演劇が上手ならこれからの演劇にはピッタリだけどな…お前に山風を穢されるのが癪だ。お家に帰りな!』
『と言う事で連れていきます~もちろん貴女もよ!』
川内は黙って神風に引きずられていった。自分意志が強い神風はこうと決めたら決して曲げない女性。だからこそ、演劇部の顧問にその才能を買われ、入って半年後に部長に任命された。
それから「まじか…」と言葉に出してしまうほどの劇内容を幾度も提案していった。が、それが皆に受け劇をするたびに毎度、大好評。顧問の三笠先生からも毎度溜息をつかれるほどに…
3人が案内されてきたのは第一体育館だった。
『…聞きたいんだが他の部員はどうした?部活って話だから用事を多少先延ばしにしてきた訳なんだが、どうして誰もいないんだ?』
『そんなの簡単よ。皆第二体育館にいるか___』
鋭い拳骨が入り頭から煙を出して床に伏した。
『神風先輩大丈夫なの?もう少し手加減したら?』
『それはいいの。そんなもんで神風は微動だにしないわよ。』
『何言ってるの!山風ちゃんの台本説明がまだでしょう!』
天津風が背を向けた瞬間にバッと何事もないかったかのように立ち上がり、自分が受けた打撃ではなく劇に関する文句を言い始めた。
その状況についていけない山風と天津風は置いてきぼりを喰らい、2人の部活に対する熱い言いあいをただ傍観することしかできなかった。
呆然と立ち尽くしていると体育館の窓から手をふるような影が見えた。そこにいたのは島風だ。小さな時計を手にとって何かを必死に主張していた。そして何かと首を傾げた時、普段から島風が楽しみにしているある事を思い出し、山風に断りを入れてその場を後にした。
『何言ってるんだ!お前の趣味全開の格好を山風にさせてたまるか!大体なんでアレなんだよ!ほかにもっとましな提案が出来んのか!』
『別にいいじゃない!山風ちゃんの天使たる姿がここに降臨しようとしてるのよ?きっと海風も江風ちゃんも喜ぶに決まってるじゃない!』
山風は2人の言い合いに、自宅での海風と江風の喧嘩風景を思い出していた。海風の背後から胸を揉んだりパンツをずり下ろして「とったど~!」と高らかに上げては「何すんの!」とキレたれビンタからのぐりぐりを喰らっている風景を
背後の扉が開く音に気が付くことなく、内心何が起こるのか?と表情に出さなくもウキウキしていた。
『あの~?山風さん、2人は何をしているのですか?』
女性の声に振り返るとそこにはファイルケースを持った榛名が不思議そうな顔をして立っていた。
『何かの劇の衣装決めで揉めてるみたい…』
『そうだったんですか…じゃあ喧嘩を止めるには丁度いいですね。』
と慣れきった言い草で2人の下に近寄った。
『部長部!副部長!山風さんの前で喧嘩なんてみっともない事しないで下さいよ!恥ずかしいじゃないですか!』
榛名は腰に手を当てて先生の様に指と立てて怒った。それが癇に障ったのか川内が不気味なほどの笑みを浮かべて一言吐き捨て、榛名は涙目を浮かべた。
『…黙れよ』
『ひ、ひゃい…』
余りの恐怖に山風の後ろに逃げ込んだ。そして何事もなかったかのように再び喧嘩は始まった。
『何か渡す物でもあったの…?』
『実は…顧問にこの書類を副部長に渡すように言われて…』
『分かった…じゃ、貸して』
『あ、はい…』
ファイルケースを受け取り異様な殺気を放っている川内の背後に回り込み、背中を突っついた。
『これ…榛名さんが顧問に頼まれたって…言ってた』
『私に?…ってマジか⁉これじゃ、土日がつぶれるじゃんか』
『どれどれ?…天龍保育園…で…演劇会…え?聞いてないんだけど?』
榛名が持ってきたファイルケースの中には今度行われる天龍保育園で行われる演劇会に関する事が10ページにわたり書き記してあった。
『三笠先生…また私たちの意見も聞かずに勝手に決めやがったな。お前のせいでもあるんだぞ神風?っ責任取りやがれ』
『だが断ります!これみんなに私たちの劇をしってもらういいチャンスじゃない!私は光の道を歩み続けます!』
『…勝手にしなさい。それで榛名、先生は私の事呼んでたのか?』
『は、はい!』
そこで神風を一度睨みつけ、そこにあらゆる不安を残しつつ榛名と一緒に第二体育館に向かった。
が、神風は自分の劇がおかしいなんって何一つ思っていない。川内を笑顔で見送り、その視線は山風に注がれた。
『ねぇ…山風ちゃん…少しだけ頼みたいことがあるんだけど‥いいかな?』
『…ん?』
それから30分後第一体育館に川内がと榛名が練習をする為に戻ってきた。扉を開けてまず確認したのは山風の生存確認。が、そこには神風を含め2人の姿はなかった。
次に目をやったのは舞台。出るは確かに開いていたカーテンが閉まっていた。川内は殺意を胸に忍者をも彷彿させる歩み。普段は歩くだけで多少軋む音がするが、その時だけは一切の音がしなかった。
『山風ちゃん、この服きつくない?私が作ったんだけど?』
『ううん…大丈夫。そういえば…川内ってどんな人なの?』
『え…?』
この時、普段から接しているはずの2人の関係性に疑問を抱いた。が、ここはお姉さんとして教えてあげるべきと胸を張った。
『川内ちゃんは…普段、勉強熱心で運動神経もよくて…それはそれは人が良すぎて完璧としかいいようがないのよ。でもね!実のところそれは全て偽りの仮面でしかないのよ!』
『偽り?』
『川内ちゃんの本当の趣味は!』
『何だ?私…気になるな???いいか?教えてもらっても』
『あ…』
その死を思わせる言葉に背筋が凍りゆっくりと振り返った。
そこには鬼気迫るような怒りを具現化したかのような川内が仁王立ちで立っていた。
『最後に言い残す言葉名は?』
『私は不滅!!』
その言葉の後に体育館に悲鳴が響き渡った。
ご愁傷様です。と思いながら榛名は舞台にあがり、そっとカーテンをめくり状況を確認した。
頭から煙をだし土下座している神風にそれを見下すかのように鬼面の表情を浮かべる川内。それをじっと見つめている山風に目が止まった。
風が吹けばその中が見えるほど短いスカート丈の緑色のナース服。これは…と口に手を当てて榛名は驚きを隠せなかった。
『山風さん、その格好大丈夫なんですか?』
『…特に…』
『そ、そうだんですか?恥ずかしかったりしたらすぐに脱いでもいいんですよ?特に神風さんが作った物は尚更に…』
『大丈夫…』
山風の中にも恥じらいというものはある。でも、日常の中で数多くの人前に晒されるわけでもなく、家で江風にやられるセクハラ行為でもなければ山風は基本的に動じない。
『まぁまぁ…山風さんも特に問題ないと言っているみたいですので一回だけ練習してみませんか?』
『私は…別にいいよ?』
川内は山風の言葉を聞き、仕方なく了承した。
それから自分たちのセリフなどを見直し練習が始まるがここである問題が起こった。
それは川内が切羽詰まった復讐者の演技をしている時
『お前はこれでいいのか‼…今目の前で病で苦しんでる人間が必死に助けを求め手を伸ばしてるってのに…お前は見捨てるって言うのかよ‼此奴らはお前の実験体じゃ…ねぇんだぞ!!』
『…ん?どうすればいいの…?』
それは台本に無いセリフ。そしてすぐに川内は気が付いた。
『もしかして…神風から台本貸してもらってない?』
『なにも…』
『…神風!!』
『えへ♪』
そこから数分お説教タイムが始まった。そして呆れ果てた川内は台本ではなく、山風にオリジナルのセリフを言ってもらう事にした。一通りの流れを説明し、先ほどと同じセリフを言ったと山風を目を一度閉じ、優しく微笑んだ。
『実験体は実験体のまま死んでいきなさい…そうすれば…貴方達の犠牲で他者が救われるでしょ…貴方達の役目は所詮それだけよ…ぼろ雑巾の様に人知れず死んでいきなさい…とってもお似合いよ♪』
それがセリフだったとしても皆はその底知れぬ笑みに恐怖した。その言葉にその無機質な瞳に…それは耐えがたい苦しみだった。